多様性・例外を認めろ。僕に影響を与えてくれた言葉の話。
今日はちょっと昔話。
今の自分を形作ってきたキッカケを書いてみる。
これが誰かのプラスになればいいなと思って。
昔、友達に言われた言葉で衝撃を受けたというか、大きな影響を与えてくれたものがいくつかある。
そのうちの1つが、
「お前は、自分の考えの範囲内のことしか受け付けられてない。だから、自分が正しいと思うこと意外を否定している。考えを拒絶している。」
ってな言葉やった。
まさにそうやなって思った。
昔の自分は、今でもそうだけど…自分がYESと思える考え以外は、本当に拒否していたと思う。真っ向から否定して、物事を多面的に見ようとせず、突っぱねようとしていたと思う。
「最近は丸くなったのか、色々な考え方を受け入れられるようになってきている」
とも、同じ人にその後言ってもらえた。
それはなんというか救いっていうか、ホンマに嬉しい言葉やった。
多様性を認める、例外を認めるってことは自分の課題やと思ってて、大学入学後はその壁に何回もぶつかってきたと思うけど、その度に悩んで、いつまで経っても成長を、変化を感じる程ではなかったと思う。
もっと色々な考え方を知って、それを許容出来るキャパが必要だと。
柔軟な考えが出来る様になれば、もっと出せるアイデアの幅を広げられたり、伸びるチャンスになるんじゃないかと思ってた。
やからこそ、いろんなバックグラウンドの人に会って、そこから何か得られるモノがないかって模索してきたし、アンテナを高くしようってやってきた。
その甲斐があったのかは、正直まだまだ実感出来てない部分もあるけど、それでもこの大学生活で自分は変化したんじゃないかなってところもある。
実際、変わったって言ってもらえることもある訳やし。
自分の欠点に気付いて、直そうとするのは、やっぱり正直簡単ではないし、それが性格的な問題やと、難易度アップって気がするけど、それでも意識して変えようとしてみるってのは、長い時間でみると意味はあるんやなーと最近感じた。
これを読んでくれてる人が、今何か自分の欠点を変えたいと思うなら、それを意識し続けることやと思う。
ただ、欠点やと思うだけじゃなくて、それをどう変えたいのか、なんで変えたいのか、それを持ち続けとくってのは、きっと自分に内から影響してくると思う。
あとは、人から欠点を指摘されたときに、その瞬間で受け入れられなくても、ゆっくりとでもその内容を受け入れてみることやと思う。
俺はまだまだ出来れないけど。
理想通りの人間にはまだまだ成れないし、一生かかっても到達出来ないかも知れんけど、こう成りたいって想いを持ち続けたいね。
まだまだ、先は長いわー