質問とストーリー
前回の記事から少し時間が経ってしまった。
もう少しコンスタントに書いていかないとね^^;
過去2回ブログを書いて思った事は、TwitterやFacebookに自分の意見を書くと、それに対するレスポンスは意外と来るのに、ブログってものに自分の意見を書いてもあまりレスポンスは無いものなんだなーって事だろうか。
もっと記事に対して反応したくなるような記事を書かないとダメだな。まだまだ未熟です。
今日は、「質問」と「ストーリー」の関係について、自分の仮説を書こうかと思います。
質問力なんて言葉も流行った(よね?)ように、質問をするという事は多くの場面で重要で、それは質問する事で会話の潤滑油になったり、プレゼンの内容をよりよくすることも出来たり、物事・問題の本質を明確にしてくれるものだったりするだろう。
それゆえ、質問をするということ、質問をする力は重要なのだと考える。
しかし、質問をする上で、まず自分自身でその会話などの内容に対して仮説を持っていなければ、良い質問は出来ないだろうということだ。
なにも考えを持っていなければ、そもそも質問なんて出来ないだろう。
では、自分なりの仮説を持った上での質問とは、どのようなものだろうか?
簡単な例だとこんな感じだろうか?
ケース1
Aさん「この部屋暑いねー」
Bさん「ほんまなー」
ケース2
Aさん「この部屋暑いねー」
Bさん「エアコンつけようか?」
上のケース1と2の違いは、BさんがAさんの発言に対して、自分で
「部屋が暑いから、涼しくして欲しいんだろうな。」と、仮説を持って会話をしているところだろう。この短い会話だけを見てもケース2の場合の方が、Bさんの印象が良くなることが予想出来るだろう。
自分なりの仮説を持った上で質問をするためには、よく言われる、空気を読むという能力も必要なのだろう。空気を読んだ上で、仮説(ストーリー)を作るという能力である。
そして、質問で自分が相手の言いたい事を代弁するストーリーテラーにならなければいけないのだろう。
このように、仮説を普段から作れるように、自分自身でストーリーを組み立てる力、そしてそのストーリーを話す力というものは、質問をする上で重要な事なのではないかと私は考える。
他には、例を出していないので分かりにくいかもしれないが、相手の考えを上手くまとめて、簡潔に言い直して、こういうことですか?と質問してあげると、相手自身も自分が言いたかったことがまとめられて、かつ、自分が言いたかった事が理解してもらえたのだと喜ぶだろう。
これも、簡潔にストーリーを作れるかどうかの能力だと思う。そして、そのためには、普段から自分が考えた物事を簡潔に言えるようにしていないとダメだろう。
質問力自体については、情報を上手く整理して、問題の全体と細部を見て、多くの軸を作って、相手に様々な角度、パターンで問えるかなども、質問力なのだろうが、これも自分自身で仮説を作った上で出来る事なのだろうと思う。
以上のように、私は、質問の重要性だけでなく、自らストーリーを作れるということも質問力を磨く上で大切であるのではないかと言いたい。
みなさんも、質問とストーリーの関係について、少し考える所があれば、意見を頂けるとありがたいです。
うーん、この文章をよくするにも、もっと自分のストーリーを作る力を高めないとな(笑)